研究内容紹介
脳は、人の思考・感情・行動のすべてを支配する中枢であり、同時に最も複雑な臓器でもあります。脳の働きを理解することは、認知症や精神疾患、神経損傷といった幅広い病気の治療・予防につながり、社会全体の健康と福祉を向上させる大きな可能性を秘めています。つまり、この分野の研究は、医学と人類の未来に直結するテーマなのです。
当講座では、顕微鏡で細胞の姿を観察し、動物モデルや培養細胞を使って生体の仕組みを解析し、時には臨床研究との連携を通じて、新しい発見を社会に還元することを目指しています。使う手法やテーマは多様で、分子レベルから全身レベルまで幅広いアプローチが可能です。そのため、ここでの経験は「科学的な考え方」を身につけるだけでなく、医師として臨床の場に立つときにも大きな武器となります。
基礎医学研究は、目に見える成果が出るまで時間がかかることもあります。しかし、その一歩一歩が新しい医療の礎となり、将来の患者さんを救う力になります。もしあなたが、「医学を深く理解したい」「新しい知識をつくる側になりたい」と思うなら、私たちの研究室はその第一歩を踏み出すための最適な場所です。
グリア細胞による脳機能制御メカニズムの解明
グリア細胞による脳の発達と
社会性行動の制御機構
我々の脳は神経細胞とグリア細胞から構成されており、グリア細胞の数は神経細胞の数よりも多いと考えられています。しかしながら、脳機能、特に高次機能におけるグリア細胞の役割は未解明な点が多く残されています。私たちは、グリア細胞の一種であるアストロサイトに発現するCD38 という分子が、社会性を司る脳領域の発達に関与し、社会性記憶を制御する仕組みを見出しました(左図)。このように、脳においてグリア細胞は特定の行動を支配する神経回路の形成に関与すると考えられます。私たちは自閉症などの発達障害が形成される過程にグリア細胞がどのように関与するかをグリア細胞特異的な遺伝子操作により研究し、将来的に病気の仕組みの解明や治療法の開発につなげたいと考えています。
グリア細胞による神経炎症の制御機構
神経炎症は中枢神経系における免疫応答であり、ミクログリアとアストロサイトによって引き起こされます。神経炎症は通常、病原体の侵入や損傷に応答して一時的に起こりますが、慢性的な神経炎症はアルツハイマー病のような神経変性疾患の進行に関与することが分かっています。これは、ミクログリアやアストロサイトが活性化すると、サイトカインや活性酸素を産生し、神経細胞を傷害するためと考えられています。私たちは、加齢に伴い体内で減少する分子(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド;NAD+)がグリア細胞の活性化を低下させ、神経炎症を抑制する仕組みを見出しました。さらにNAD+を増やす効果を持つ物質(ニコチンアミドリボシド:NRやアピゲニン)を神経炎症モデルマウスに投与すると、神経炎症とそれに伴う神経障害が軽減されることもわかりました(左図)。神経炎症は、神経変性疾患だけでなく、脳の老化やうつ病にも関与します。これらの疾患において、グリア細胞を活性化させる環境因子やそのメカニズムを解明することにより、老化や神経変性疾患の進行を遅らせたり予防する方法を開発しています。
神経回路の可塑性研究
アストロサイトに因る神経回路の制御機構
アストロサイトは脳内で最も数の多いグリア細胞であり、脳の容積の大部分を占めています。特にヒトの大脳では、神経細胞に対するアストロサイトの割合がマウスやラットと比べて劇的に増加しており、高次脳機能への関与が示唆されてきました。近年の研究により、アストロサイトは単一の細胞群ではなく、多様なサブタイプをもつことが明らかになり、その多様性が複雑な情報処理や脳機能に大きな影響を与えることがわかってきています。こうした知見から、アストロサイトは創薬の新たな標的としても注目されています。
近年私たちは、新規のアストロサイト亜集団を見出しました。これらは転写因子であるOlig2を発現し、脳のいくつかの神経核に特異的に集積し、またGFAP(一般的なアストロサイトマーカー)をほぼ発現しないという特徴を持っています(写真上:緑/Olig2アストロサイト、白/GFAP、赤/sox9)。そして免疫電子顕微鏡学的解析によりこのアストロサイトが抑制性シナプスを優先的に取り囲むことを見出しました(写真下:T/抑制性シナプスターミナル、矢印/Olig2アストロサイトの微細突起)。この新規アストロサイト亜集団が、神経回路とどう関わるのか? その制御機構を明らかにするために、様々な手法を用いて解析を進めています。
感覚情報処理の解明
末梢の感覚情報が脳内でどのように処理されているか探求しています
末梢で生じる感覚は触覚だけでなく温熱感覚、痛みや痒みなど多岐にわたります。これら感覚情報はどのように脳内で処理されているのでしょうか。これに関わる脳領域、神経回路、神経やグリア細胞の種類、分子などを特定し脳における感覚情報処理機構を解明するとともに、長期的に不快な痛みが続く慢性疼痛やアトピー性皮膚炎などの慢性搔痒といった疾患への治療法や予防法の開発にもつながる研究を目指しています。
脳における感覚情報処理の解明
大脳皮質一次体性感覚野は末梢からの感覚情報を処理しています。この脳領域には痛みや痒み刺激に応答する神経細胞集団が各々存在し、これら細胞集団は痛みや痒みの情報処理をそれぞれ担っていることも見出しました。一方で、アストロサイトは脳内の代謝、神経活動の調節や神経回路形成に関与していることが知られていますが、痛みや痒みの情報処理を担うアストロサイトが各々存在するかは不明です。私たちは痛みや痒みの情報処理を担うアストロサイトが大脳皮質一次体性感覚野に存在するのか、もし存在するならどのように痛みや痒みの情報処理に影響を及ぼしているのか検討し、脳における感覚情報処理機構の解明を目指しています。
脳疾患モデル解析
脳疾患モデルから読み解く病気の本質
脳疾患はその多様性ゆえに、発症機序や進行過程の全貌を解明することが困難です。臨床研究だけでは捉えきれない病態の理解には、適切な実験モデルの構築が欠かせません。本講座では、次のような方針で研究を行っています。
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1
精神・発達障害モデル
発達障害関連分子(CD38,DBZなど)のグリア細胞特異的遺伝子改変マウスを用い、発達段階 ごとにグリア細胞と神経ネットワークの相互作用を形態学的に解析します。さらに 行動解析を行うことで、グリア細胞が社会性や認知機能など特定の神経回路形成を制御す る仕組みを解析しています。
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2
脳障害モデル
脳炎モデル、脳外傷モデル、てんかんモデルなどを用いて、これらの病態で生じるに、NAD+やその下流の分子が病態に与える影響の解析し、神経障害を緩和する方法を開発しています。
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3
神経変性疾患モデル
パーキンソン病の病態を再現するため、ドーパミン神経毒である6-hydroxydopamine(6-OHDA)を黒質線条体路に微量投与し、モデルマウスを作製しています。このモデルを用いて、グリア細胞の機能がどのように変化するのかを解析しています。さらに、パーキンソン病でみられる感覚異常についても、グリア細胞が関与している可能性を探っています。
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4
慢性疼痛モデルマウス
神経障害性疼痛モデルマウス:神経損傷による慢性的な疼痛を再現するために、坐骨神経の一部を極細の絹糸で結紮し作製します。炎症性疼痛モデルマウス:関節リウマチ等による炎症に起因して生じる慢性的な疼痛を再現するために完全フロイントアジュバントを足底に微量注入し作製します。上記の慢性疼痛モデルマウスは、痛覚過敏やアロディニア、さらに痛みに伴う不安や抑うつも現れます。これらモデルマウスを用いて当該疾患の発症メカニズムの解明や、鎮痛薬開発などの検討を行います。
主な実験手法
- 組織学的解析(免疫染色、in situ hybridization、共焦点レーザー顕微鏡・電子顕微鏡観察)
- 分子生物学実験(遺伝子操作、フローサイトメトリー、マイクロアレイ解析)
- 生化学実験(ウエスタンブロッティング、ELISA法、qRT-PCR)
- 細胞培養(神経細胞、アストロサイト、ミクログリア)
- タモキシフェン誘導性Cre/loxPシステム
- 動物(マウス)実験(行動解析、骨髄移植、脳内ウイルス局所投与)